静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL・FAX 054-246-8013日曜礼拝:早朝聖餐式 午前7時30分~、午前11時~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 11:00a.m Eucharist

今月の聖書

≪今月の福音書≫ 聖ルカによる福音書 9:18~
  それぞれの十字架を担って
              牧師 司祭 シモン 長野 睦

 私たちは「信仰」という言葉でイメージすることは、どのような宗教であれ何か神と呼ばれるものに応答する一般的な信仰心を思い浮かべます。しかし聖パウロはガラテヤ人への手紙で「信仰」をイエス・キリストの存在そのものと考えているようです。「信仰が現れる前には」、「この信仰が啓示されるようになるまで」というように信仰という言葉をイエス・キリストの存在と全く同じ意味で使用しています。聖パウロにとって、信仰とはイエス・キリストを信じる信仰以外には考えられなかったのでしょう。
 この福音書の箇所で主イエス様は興味本位で人々のご自身への評判をお尋ねになったのではありません。主イエス様がお確かめになりたかったことは弟子たちがご自身をどう理解し、どう受け止めているかということだったと思います。まさしく聖パウロが信仰という言葉で主イエス様を表現されたことを弟子たちからも確認しておきたかったのでしょう。そして弟子たちを代表する聖ペテロの「神からのメシアです」という応答を引き出されました。主イエス様が求めておられる答えでした。ですからこの時点では誰からも理解されないであろうとのお気持ちで誰にも話さないように命じられます。そしてご自身のこれから受ける受難の予告を話され、それぞれ自分の十字架を背負って従うことを教えられます。
 私たちにもそれぞれの十字架が与えられ、委ねられています。私たちがそれを明確に自覚していようとも、あるいはまだ自覚していなくても、私たち一人ひとりにそれぞれの十字架があたえられていることを思います。たとえその十字架が苦しみ、重荷であったとしても、私たちはそれぞれに与えられた十字架を担いつつ、主イエス様に従って、それぞれの道を歩んでまいりましょう。何よりも、どのような苦しみであれ、私たちの前には主イエス様が先導してくださり、共にいてくださり、あるいは後から支えてくださることを確信して、共に歩んでまいりたいと思います。
f:id:peterochurch:20130612092919j:plain

静岡聖ペテロ教会HPへ

facebook開設しました。
twitterで発信してます。

広告を非表示にする