静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL・FAX 054-246-8013日曜礼拝:早朝聖餐式 午前7時30分~、午前11時~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 11:00a.m Eucharist

今月の聖書

≪今月の福音書≫ ヨハネによる福音書6:53-59(特定15)
まことの食べ物    牧師 司祭 シモン 長野 睦
7月に入りました。夏休みも近づいてまいります。皆様もこの夏のご計画をすでにお立てになったことでしょう。教会では夕涼み会の計画だけですがご一緒に楽しみたいと思います。
特定15の福音書はこの前後、ヨハネによる福音書の6章から選ばれています。
これは特定11の主イエスの男だけで5000人の人々への給食の記事から続いているものでその意味を記しているものと思われます。主イエス様がまことの生命のパンであり、私たちはこのパンに預からなければ永遠の命を得ることはないと繰り返し、繰り返し教えられます。
 ユダヤ人たちは「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と激しく議論し始めたとあります。確かにこの数週間のイエス様のお言葉をたどっていきますとその語られる言葉がだんだんとエスカレートしていく、過激になっていくのがわかります。私たちもこのことを何か象徴として、イエス様を受け入れ、信ずることとして理解することはできますが、ユダヤ人たちはイエス様の人間としての側面の理解が強すぎたためつまずいてしまいました。その人の人間としての側面をよく知っているということは、理解を深めることになりますが、同時に躓きにもなるということでしょう。私たちは主イエス様に直接出会っていないために受け入れやすいということも言えるかもしれません。弟子たちの中からも「実にひどい話だ。誰がこんな話を聞いていられようか」と多くのものが離れ去っていたことが記されています。
 事実、「私の肉を食べ、私の血を飲みなさい」ということは具体的なイメージとして
は恐ろしいことであり気持ちの良いものではありません。ユダヤ人は旧約以来血の中には生命があると信じていましたから、犠牲の動物を子とした場合でも血は祭壇に注ぎ神のものとする。動物を殺して食べるときにもしっかりと血を抜いてからでないと食べることが禁じられていました。私たちはサクラメントとして聖餐式を行っていますが、私たちは今あまりにも整ったものとして理解しすぎているかもしれません。実際に聖餐のパンと葡萄酒の中に主イエス様の御体と御血があることに思いを深めたいと思います。
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