静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL・FAX 054-246-8013日曜礼拝:早朝聖餐式 午前7時30分~、午前11時~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 11:00a.m Eucharist

今月の聖書

≪今月の福音書≫  ルカによる福音書11:1~(特定12)
わたしたちにも祈りを教えてください
                牧師 司祭 シモン 長野 睦
 私たちキリスト教の信仰は祈りの信仰、宗教です。もちろんどのような宗教であれ、祈りは欠かせないものであると思いますが、キリスト教は特に大きい部分を占めているのではないでしょうか。それは言葉による祈りのみではなく言葉によらない要素もあります。喜び、悲しみ、苦しみ、呻き、これらすべてが祈りになります。祈りそのものです。しかし、私たちのこのような心の思いが高められ、深められるためには、やはり大きな転換が必要とされるでしょう。
 しかしそれは決して難しいものではありません。それは誰に祈るかということ。その祈りを向ける対象がないとき、それはただ単に自分の中での出口のない堂々巡りに終わってしまいます。この福音書で弟子たちが主イエス様に対して「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください」と懇願し、イエス様がそれに応えて教えてくださったもの、すなわち「主の祈り」が記されていました。主の祈りは四福音書中このルカとマタイのみに記録されていますが、私たちが用いているのはマタイの祈りを原型としています。ルカの記録しているものは簡略な感じがします。マタイでは山上の説教の中で、祈りについての教えのあと、「だから祈るときにはこのように祈りなさい」と教えられたのが「主の祈り」でした。このように違った脈絡の中で二つの「主の祈り」が出てまいりますと、主イエス様は主の祈りを二度教えられたのだろうかと疑問がわきますが、これは福音書記者が本来一つの「主の祈り」をそれぞれ伝えられた伝承に基づいて福音書の中に組み込んでいったものであろうといわれています。いずれにしても主の祈りの根本的な内容は同じです。
 福音書の中の主イエス様のお姿で特にその行動が記されている部分で目立ったことは「祈るお姿」です。主イエス様ご自身がまず祈りの人でした。それは弟子たちへの模範でもあったと思われます。主イエス様は父なる神から遣わされたその使命の達成のために絶えず祈りの中にあらわれたことでしょう。私たちもこの主イエス様のお姿に従っていきたいと思います。

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