静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL・FAX 054-246-8013日曜礼拝:早朝聖餐式 午前7時30分~、午前11時~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 11:00a.m Eucharist

今月の聖書

≪今月の福音書≫  マタイによる福音書11:25-30(特定9)
幼子のような者に
                     牧師 司祭 シモン 長野 睦
 聖霊降臨後の期節に入りました。教会暦も後半に入ったことになります。本日選びましたところは主の祈りと共に主イエス様の祈られた祈りとして貴重なものです。
 聖パウロはコリントⅠで「神はこの世の愚かな者、弱い者、身分の低い者、軽んじられている者、無きに等しい者をあえて選ばれた」といっています。主イエス様ご自身もそして従っていった弟子たちも当時の人々から見たらこのような立場の人々ではなかったかと思われます。特に当時のユダヤを支配していた祭司階級の人々、貴族、律法学者などから見たら彼らは全くとるに足りない身分の卑しい人々と映っていたことでしょう。主イエス様は弟子たちに「恐れるな、小さな群れよ」と呼び掛けておられます。まさしく人数的にも身分的にも本当に小さな群れであったと想像できます。しかし父なる神の御心は主イエス様が感謝賛美しているように、神の知恵を、御国の奥義を当時の知恵あるもの、賢い者、権力をふるう者に明らかにされるのではなく、このような小さな者、幼子のような者に示すことにあったのです。
 幼子とは、私たちがとかくイメージするようにそのかわいらしさや、純真さにあるのではなく、当時の社会にあっては弱い者であり、無知な者であり、役にたたない者でした。具体的にはそれがたとえられているのは、従ってきた弟子たちであり、取税人、遊女、罪びとたちでした。当時の普通のユダヤ人から見れば神の国の救いから最も遠いものと思われていた人々です。しかし主イエス様の目から見ればこのような彼らこそ自分を捨て、それぞれ自分の与えられた十字架を負ってキリストを受け入れ、従ってきた人々にほかなりません。たとえそれが自分の願ったものでなかったとしても。
 主イエス様は、それぞれ自分の十字架を負って私に従いなさいと教えられました。私たちもそれぞれ与えられた十字架を背負いながら主イエス様にしたがって歩んでまいりたいと思います。
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