静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL054-246-8013 早朝聖餐式 午前7時30分~、午前10時半~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 10:30a.m Eucharist

月報聖ペテロ4月号巻頭言

復活 〜福音の真の出発点〜
司祭 エドワード 宇津山武志

復活日に向かう大斎節の歩みの中で、今年わたしは『イエス・キリストの甦り』という本を手に取りました。著者はA・M・ラムゼー。1904年生まれ、ケンブリッジ大学を27年主席卒業後、28年リバプールにて執事、翌28年司祭按手。ダーラム大学などでの教授職を経て52年ダーラム教区主教に。その後56年ヨーク大主教、61年に第100代カンタベリー大主教に就任、ユーモアあふれる人柄から多くの人に親しまれました。学者としての功績も偉大で、多くの著書を残しています。原著“The Resurrection of Christ”は1945年に初版、邦訳は速水敏彦司祭で1968年日本聖公会出版部から出されました。余談ですが、なぜこんなに古い本がわたしの手元にあるかといえば…。神学校には現職を退いた聖職から蔵書が届きます。キリスト教書・神学書はほとんどが初版のみで数が少なく、その上高価。図書館にない貴重な本は図書館へ、他は神学生に回ってきます。コモンルームのテーブルいっぱいに並べられ、ジャンケンで順番に貰っていくのです。
さて、冒頭このように始まります。
「彼ら(最初の弟子たち)にとって、復活なしの福音とは、単に最後の章を欠いた福音というだけではなく、全然福音というべきものではなかったのである。確かに、イエス・キリストは偉大なことがらを教えかつ実践されたお方である。しかし、イエスは弟子たちがそういったことがらに甘んじて止まることをお許しにならなかった。イエスは、彼らを逆説、当惑、暗黒の中へ引きずり込み、そしてそこに、彼らを放置し給うたのである。イエスが死からよみがえり給わなかったら、彼らはずっとそこに止まっていたであろう。しかし、イエスの復活は、それ以前の死と生涯に、光を投げかけ、逆説を解明し、イエスの言葉と行為の統一を明らかに示した。…復活において死からよみがえったのは、ただ主だけではなかった。その地上における生涯も主とともに生き返り、その真の光の中へと高められたのである。」とし、「復活こそが新約聖書の真の出発点」だと言います。誕生あるいは洗礼と福音宣教に始まり十字架の死に終わる“イエスの物語”のどんでん返しのクライマックスとして復活があるのではなく、復活を通して主のすべての営みに意味が見出されるのです。福音書は、イエス・キリストの生涯を記録した“伝記”ではなく“信仰の書”と言われることがありますが、これとよく似たことを表現しています。福音が“良きおとずれ”と表現されることがありますが、これは旧約聖書にさかのぼるものです。それは、神がその民を救うために自ら来られる、神の介入を意味します。
病める者の癒し、虐げられた人の救いと養い、神の国の外に置かれていたものが、神の慈しみ深い支配の中にあることを主はお示しくださいました。しかしそれでも克服することのできなかったもの、すべての人に訪れ、すべてを無に帰し、すべてを奪う死を、主はその死とよみがえりをもって打ち滅ぼしてくださいました。主イエスこそ、わたしたちの福音です。
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