静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL054-246-8013 早朝聖餐式 午前7時30分~、午前10時半~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 10:30a.m Eucharist

大斎節第二主日説教にかえて

大斎節第二主日の説教にかえて

主はアブラムに言われた。「あなたは生まれ故郷 父の家を離れて わたしが示す地に行きなさい。」(創世記12:1)

“ふるさと”という言葉には、とても暖かい響きがあります。わたくしが高校を卒業してすぐ故郷を離れてしまったから余計にでしょうか。
もちろん、人それぞれ。ふるさとと聞いて「そんな場所、思い出したくもない!」と思う方もおられることでしょう。しかし一般的にふるさとは“安住の地”、人やもの、空気や匂い…、親しく懐かしく、何にもかえがたいものがそこには在ります。今日の文脈において、「故郷」は、誰もがそこに留まりたいと思う場所の象徴と言えます。その故郷を、主はアブラムに「離れなさい」、そしてわたしが示す地に「行きなさい」とお命じになるのです。しかもそのとき彼は75歳、そこで蓄えたかなりの財産もあったようです。今、あなたはその呼びかけに応え、立ち上がり、一歩踏み出すことができるでしょうか。とても難しいことだと思います。
ニコデモはファリサイ派に属するユダヤ人たちの議員でした(ヨハネによる福音書3:1)。ファリサイ派は律法を守ることが神さまからの祝福に与る唯一の道だと信じ、それを実践し、また人々を教え導いていました。ですから、律法に対してある意味“自由に振る舞う”ように映るイエスさまとは常に対立し、その対立が憎しみと怒りへ、さらに殺意へと昂じていきました。ただ、ニコデモはそのファリサイ派に属しながらも、イエスさまの言葉と業に、何か“真理の兆し”のようなものを感じ取っていたのでしょう。「ある夜」人目を忍んでイエスさまのもとを訪ね、教えを乞うたのです。彼はそれまでに自分が積み上げてきた功徳や知識、様々な経験から「神の国」への道を探ね歩んでいました。イエスというあの男は、その道の先にある神さまのところから来られたのだろうか。ならば、そこへの道を教えていただけるかもしれない。イエスさまは彼にこう答えられました。「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」今のあなたの歩みの先に神の国は見出せない。「ゼロからやり直せ」というに等しい答えが返ってきました。さて、あなたはそうしたものを全て捨てて、“0歳児”から神の国への求道の道を歩み直せるでしょうか。これもとても難しいことです。

「こここそわたしが留まる故郷だ」、「これこそわたしが歩むべき道だ」、そう信じるわたしたちに、イエスさまは「本当の故郷はそこじゃない。あなたには本当の故郷がある。わたしがその道を示そう」、「あなたの歩む道は天の国に至らない。わたしについてきなさい、一緒に父の国へ行こう」、そう呼びかけてくださるのです。

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