静岡聖ペテロ教会(日本聖公会横浜教区)Shizuoka St.Peter's Anglican Church, Shizuoka

TEL054-246-8013 早朝聖餐式 午前7時30分~、午前10時半~ Regular Sunday Services 7:30a.m. / 10:30a.m Eucharist

月報聖ペテロ6月号巻頭言

聖霊によって
司祭 エドワード 宇津山武志

聖霊によっておとめマリヤから肉体を受け、人となり…」
これは主日聖餐式で唱える「ニケや信経」の言葉、神のみ子が救い主としてこの世に降り来てくださった受肉の神秘を讃えています。
5月19日は聖霊降臨日でした。主イエスさまはご受難の前、弟子たちにこう約束されました。「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなた方と一緒にいるようにしてくださる。」(ヨハネ14:16)。三位一体の言葉からも明らかなように、聖霊なる神とその働きは父と子と不可分でありながら、父なる神、子なる神のように“視覚的”にイメージすることが難しく、人によってある意味極めて“自由に”、“幅広く”受け止められ、語られる傾向にあります。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。」(使徒言行録2:1〜4)という記事から、聖霊降臨における超自然的な現象を強調するあまり、「異言を語る」ことにしるしを求めすぎる傾向も生じます。
聖霊降臨日に向けて思い巡らせつつ過ごす中で、冒頭に引いたニケヤ信経の言葉が心に響きました。主イエスさまは、聖霊によっておとめマリアの胎に宿り、(生物学的にも)人として形作られ、この世にお生まれになりました。主イエスさまのこの世の生のすべての瞬間は、その命をもって神の愛をあらわに示すことでした。そしてそのすべての瞬間を聖霊なる神は、その使命に歩まれるイエスさまとともにいて、励まし、支え、導かれました。
わたしたちには、この聖霊が与えられているのです。主が人として形作られたのは母マリアの胎内でした。教会のことを“母教会”のように女性形で表現されるのは興味深いことです。わたしたちは教会で“人として”、あるいは“神の子として”成長し、整えられていきます。胎児が臍の緒で母から必要な栄養を与えられるように、わたしたちは教会でみ言葉の養い、み卓の養いを受けて育てられていきます。主日聖餐式に集い、わたしたちは「ハレルヤ、主とともに行きましょう ハレルヤ、主のみ名によって アーメン」と唱和し、この世へ、それぞれの持ち場へと派遣されていきます。それは、イエスさまがこの世にお生まれになり、その使命に生きられたことと重なります。二千年に及ぶこの積み重ねの中に、わたしたちの教会、わたしたちの信仰はあります。
エスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」(ヨハネ20:21)
わたしたちは臆することはありません。聖霊なる神はわたしたちに「知恵と理解、深慮と勇気、神を知る恵みと神を愛し敬う心」(祈祷書293頁 堅信式の祈り)を与えてくださるのです。ハレルヤ!
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